武蔵野から日本の未来をつくる
武蔵野市議会議員
深沢達也
平成30年秋、市政報告会で、原発ゼロをめざす立場から映画「太陽の蓋」を上映しました。私は、渡良瀬川のそば、日本の公害の原点とされる足尾銅山鉱毒事件の舞台となった、栃木の県南に生まれ、時を経て清流の戻ったこの川を見ながら育ちました。「真の文明は山を荒らさず川を荒らさず村を破らず人を殺さざるべし」この事件を直訴し、住民とともに戦い続けた、当時の立憲改進党代議士、田中正造の言葉です。私が原発ゼロをめざすのは、この考えからです。田中正造の言ったもう一つは「真の自治があって国の再生がなる」です。この二つのメッセージは、いまこそ、政治に生かされるべきスピリッツと考えます。
政治の役割
その第一は「戦争にしない」こと。第二に、人間の可能性の最大の開花、その環境を整える。第三に、先祖から受け継いだ国土、地域を、今までよりも良い姿で後世に引き継ぐこと。そして民主主義、立憲政治を守るために、政権交代のできる政治が必要ということ、この考えでやっています。
武蔵野市政の課題
1
福祉人材の確保と子育て環境の充実
子育て層を含め、全世代がバランスよく住み続けられるまちにする取り組みが必要です。松下市政では、「地域包括ケア人材育成センター」を開設しました。介護人材、福祉マンパワーの確保へむけ、私も取り組みます。なお、待機児童対策をはじめ子育て施策を強力にすすめてきたことで、平成 25年には合計特殊出生率が 1.14 人となり、子どもが増える傾向に入りました。保育施設増設によって、待機児童ゼロは3年連続で達成されています。
2
武蔵野らしいまちづくり
◯緑あるまちを残す
緑あるまちを残す、これに取り組みます。武蔵野の魅力は、国木田独歩の「武蔵野」にうたった、雑木林に象徴される自然と人間の生活が共存するところにあると思います。緑の多くを占める生産緑地は、まちの景観、環境面ばかりでなく、災害時の避難場所、学校給食に地場野菜を使った子どもへの食育推進、この立場からも守りたい。議長の時、農業者の皆さんが中心で構成される農業委員会が、国の制度改正によって、市議会から委員を選出できなくなりました。その後は、農業委員と議会との意見交換会を行っています。
◯青空の見える吉祥寺駅南口の広場づくり
吉祥寺駅南口の広場実現とパークロードを歩く道にすることの実現です。井の頭恩賜公園という歴史遺産を南に抱く、民話も残すこの地域は七井の池の水辺のまちとして、水と緑に囲まれた、青空の見える、人の個性の見えるまちにしたい。新宿や渋谷、池袋とは違う、人の背丈にあった、文化のまちづくりをすすめます。
◯青空の見える吉祥寺駅南口の広場づくり
吉祥寺駅南口の広場実現とパークロードを歩く道にすることの実現です。井の頭恩賜公園という歴史遺産を南に抱く、民話も残すこの地域は七井の池の水辺のまちとして、水と緑に囲まれた、青空の見える、人の個性の見えるまちにしたい。新宿や渋谷、池袋とは違う、人の背丈にあった、文化のまちづくりをすすめます。
〇築後60年になる武蔵野公会堂のリニューアル計画案
市は、大きく3案を示しました。エレベーター設置等バリアフリーを含め、①劣化部分の改修に留める、②改修の必要な会議室棟を別棟として新築し、強度の強いホール棟は現存のまま改修する(使用期間20年)、③全部を解体し新設する、のうち、②案で検討がすすむ方向です。その間に、南口まちづくりの未来像を議論、形成し、公会堂の未来の姿を具体化していく行程になります。公会堂のあり方をどうするかは、南口のまちづくりと切り離せない一体の課題です。これを機に、南口まちづくりへむけ本腰の取り組みに入ることを期し、質問しました。
〇吉祥寺駅南口地域は「水辺のまち」
武蔵野市には、恵まれた自然環境と、長い歴史とがあります。自然と文化資源を生かしながら、市民参加、協働によって皆でまちをつくってきたことが特徴であり、誇りであると思います。吉祥寺駅南口地域には井の頭恩賜公園があり、江戸、東京の市中に水を送ってきた「お茶の水」と、「水神様」ともいわれてきた江戸の名所「弁財天」があります。
歴史遺産を有し、水と緑が生活と地域に溶け込むまち、「武蔵野市歌」に歌われる「はるか山脈(やまなみ)仰ぐ」まちが、南口まちづくりのコンセプトと考えます。新宿や渋谷、池袋とは違う、人の背丈に合った、ヒューマンスケールのまち、人の顔と、個性のバラエティーが見える吉祥寺のまちを、めざしたいと考えます。
〇南口広場の実現でパークロードを「歩く道」へ
北口のサンロードも、周辺の道路が整備されるまでバスが走っていました。いま、南口のパークロードは1日700台以上のバスが走っていますが、広場が完成すれば「歩く道」に変わります。長年の悲願であるこの事業は6割の進捗ですが、完成へむけ取り組みが続いています。
〇市民参加で南口のまちづくりを
市民参加で合意形成を図っていくためにも議論の叩き台となるラフスケッチ案が必要と考えます。市は、そのための庁内プロジェクトチームを発足させました。
〇都市のとなりのユートピア
吉祥寺駅は「三多摩」の玄関であり、三多摩のまちは「郊外都市」(Saburb)といわれてきました。かつて「江戸東京たてもの園」で行われた、武蔵野文学散歩展では、三多摩を含めた広い意味での武蔵野を「都市のとなりのユートピア」と表現しました。都心部に対し別の世界ととらえられ、私も共鳴しています。昭和50年代、ポスト高度経済成長の国づくりが問われていた際、時の大平首相が「田園都市国家構想」を著しました。田園都市(Garden City)とは、地域の歴史、風土に基づいたオリジナリティーを大事に、開発優先型でなく、伝統、自然との調和型のまちづくり、と理解され、私も共鳴しています。三多摩のまちは、田園都市にあたると思います。
昨年来、住民投票条例の議論をめぐり、市内外で、日本の国、或いは国家、という論点が出されたと認識します。私は、国とは、国民一人ひとりのことであり、多様性を寛容しあい、支え合うなかで、自分たちのまちは自分たちでつくる、という自治の魂、そして、その成果として、より良いかたちで引き継がれる郷土こそが、「国富」(国民の富「Wealth of Nations」)であると考えます。